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Japanese
Original Title
闇夜
Simplified Chinese
Title
走る。

走る、走る、走る。

只闇の中の草を踏みながら三つの影は走り続ける。

一つは大きく厳つく、一つは大きな影に抱えられ、一つは大きな影に引きずられて。

虫も鳥も啼かぬ闇夜の中、草を踏み散らしながら駆ける足音と、荒い呼吸ばかりが聞こえている。

アサドはただ無言で走り続けた。

自分から何を語るわけでもなく、ただひたすらに先の見えない闇の中を走り続けた。

ルークだけではなく、決して小さい子供ではない筈のカミラを荷物のように脇に抱えて全速力で走り続けるアサドの胆力も並大抵のものではない。

「悪いな」

アサドが唐突に口を開く。その声には一切の息の乱れも無かった。

「こうなるくらいなら、坊主をそっとしとくべきだった」

「ごめん、カミラも余計なこと言っちゃったから……」

不意にアサドが足を緩め、そして歩みを止めた。

胸の息苦しさを覚え、ルークは
喘鳴
(
ぜいめい
)
しながら膝をついた。今まで走っていたせいで心臓が早鐘を打っている。アサドが暗闇の中である一点を凝視し、見る見るうちに表情を固くした。

「坊主、もう少し走れるか」

静かな声色に混じる逼迫したものを感じ、ルークの表情が強張った。

「まだ走るのか」

「ここは身を隠す場所が無い。隠れてやり過ごせないのなら、俺達が出来る事と言えば限られている」

立とう。立って逃げるんだよと、アサドがルークへ手を差し伸べた。

「……なぁアサド、何故魔族の俺を助ける?」

先刻からずっと、ルークの胸に引っかかっていたことだった。

知り合いならばいざ知らず、ルークとアサドは初対面の他人。利害が一致している訳でもない。反対に親しい者ならば、自分の立場を捨ててでも助けるのは頷けるものだが、この場合はそうではなかった。

ルークは魔族だった。

魔族と言う忌むべき対象を、自分を犠牲にしてまで他人を助けようとまでは想わない。だというのに、アサドはそんなルークを連れて、こうして逃げている。

そんなアサドが、ルークには理解できなかった。

「今、それを聞くかね」

予想外の質問だったらしく、アサドが闇の中で苦笑する気配がした。

「助けるのに理由なんかいるか?」

「時に必要な場合もある、今がその時だ」

返答次第ではこの場から去る必要が出てくる。そうであれば、早い方がいい。

ルークの考えを知ってか知らずか、アサドは言いづらそうに顎を撫でながら中空へ視線を彷徨わせた。

無言のまま暫く無精髭を撫で、ルークへまっすぐ視線を投げかけた。

「……坊主、ベドウィンの集落で人を一人殺っただろ」

「あれは、その、」

咄嗟に言い訳が脳裏に浮かび、喉元まで出かかるのを、生唾と一緒に飲み込んだ。

「……居たのか?」

恐る恐るアサドを見上げる。影の中の表情までは分からなかったが、影は静かに首を横に振った。

「俺達は御使いの死体を見ただけで、あの場に居合わせちゃいない」

ほっと、した。

自分が人を殺した場に、二人が立ち会っていない事に安堵した。しかし、すぐにルークは渋面のまま俯いた。ほっとしてしまった。咄嗟に出た本心が、酷く汚いものに思えたからだった。

「坊主が何処に行っていたかは知らないが、かなり噂になっていた。坊主と同じような背格好の子供が”あの
御使
(
みつか
)
い”を殺したと」

それを耳にしたアサドは、隠れていたルークを発見した折に、確信に近いものを得たのだろう。身なりに合わない剣を一本携えていただけではなく、服にも返り血と死臭がこびりついていたのだから。何かがあったと思わない人間は居ない。もはや、ルークに言い逃れは出来なかった。



「……殺した」

途端に、苦いものがルークの心の中に広がった。

かばってくれたアサドの目が、嫌悪に染まる。ここで別れるのだろう、恐らくは。

掌を強く握りしめ、胸の底から湧き上がってくる震えに堪えた。降り注いでくるであろうアサドの軽蔑しきった声に備えるように、ルークはぎゅっと目を瞑った。

「やっぱりな」

アサドが納得したように頷いた。

「人を殺すだけの腕がある癖に、俺達に剣も向けねえ、近くに居た俺の腕も斬り落とそうと思えば何時でも出来た筈だがそれもしねえ、傍にカミラが居るってのに、人質をとりもしやがらねえ―――なぁ、そりゃあどうしてだ?」

「それは……」

目の前に居たアサドもカミラも老女も、殺そうと思えば何時でも殺せた。殺してそのまま姿を眩ませるなど容易かった。

魔族だと老女に詰め寄られた時に、まとめて全員殺そうと一瞬でも考えなかったわけではない。なのに行動に移さなかったのは、怯えきったカミラと、殺されたベドウィンの少女の家族の顔が、かぶって見えたからだった。

家族を殺された怒りと、哀しみ。

殺した者への憎悪でぐちゃぐちゃになったベドウィンの少年の表情と、カミラの浮かべた表情は、とてもそっくりで。それを斬り伏せるなど、出来るはずがなかった。

決して、崇高な理念の下での行動ではない。正義や信念を基にした行動であれば、アサドの言葉に安堵など、しない。

強く噛みしめた奥歯が、ぎりりと鳴った。

「……無駄に血を流したくなかったから、じゃねえのか?」

「違う!」

おもわず、ルークは叫んでいた。

俺は卑怯な奴だ。人を殺した事を後悔しておきながら、再び人に対して剣を振るおうとした碌《ろく》でもない人間だ。どうしようもない自己矛盾を抱えながら、口では正当を述べるどうしようもなく愚かな、大馬鹿野郎だ。

「俺には坊主が”そういうろくでもない奴”には、どうしても見えなかった」

俯いたまま黙っているルークの頭へ、ぽん、とアサドが手を乗せた。

大きく無骨な掌の、ほんのりとした温かみが優しい。胸の奥からこみ上げてくる自分でもよく分からない感情を隠すように、ルークは唇を強く噛んだ。

まるで小さな子供をあやすかのような優しい重みは、少し汗臭かった。

「簡単に人に剣を向けない坊主は、性根まで魔族になっちまった奴とは違うように思う」

「俺は魔族で、人殺しだ」

「人を殺したが、坊主はまだ人間だ。命の重みも、剣の重みも理解している。だからやたらめったら剣を抜かねえんだろ」

アサドが、ぽんぽんと頭を撫でた。そのたびにルークの頭はぐらぐらとゆれた。

「俺には人間の何が正しくて、魔族の何が間違っているのか、そういう難しい事はわからねえ。だけどな、魔族も、流民も、体の不自由な奴も、誰だってなりたくてなった訳じゃないのは確かだ。魔族や流民だけじゃない、何か一つ、大きな問題を抱えちまった奴も」

やおら低い声に、感情が滲む。

「俺は、同じような立場の癖に相手の言い分も聞かず、考えもせず、一つ違うってだけで全力で相手を否定して、挙句に命まで奪ってやろうって考え方が気に食わないのさ。坊主にも色々あったんだろう。俺達には与り知らない事情も……無理に俺達に語らなくても良い。ただな、そんなに自分を責めるもんじゃねえ。自分が辛い中で俺達に剣を向けなかったのは、まだ人間の気持ちってのが坊主の中にある証拠だ。そこまで人間を捨ててない坊主に、俺は少しでも力になってやろうと思っただけだよ」

「あのね、お兄さんが全部悪い訳じゃないんだよ。カミラが余計な事を言わなきゃ、ばば様も気付かなかったと思うし……」

「おいおい、カミラのせいでもねえだろ、こうなったのは、クラフィットとばば様のせいだ。オリビアの姿も見えやがらねぇって事は、つまりそういう事なんだろうし。事情も知りもしねえのに魔族ってだけで坊主を売り飛ばす真似をしでかしているあいつらが悪いのさ。ま、既に起こった出来事に感情的に対処すべきじゃねえ……そうだろ?」

むしろ今は解決する方法を探した方が良いのは、ルークも同意見だった。

何も言わないのを肯定と取ったアサドが、途端に難しい表情をした。

「俺達には足がない。馬でも居れば多少は良いんだろうが、それはそれで別の問題が出てくるからな」
アサドが遠くからやってくる小さな光を指差し、言う。
「だが馬がいないなりに、良いやり方もある」
よくよく目を凝らせば、光の点は二つほど。ゆらゆらと揺らめきながら左右に別れてはくっつき、徐々にこちらに向かっているように見える。
「あっちが松明を持っているような間抜けで助かったよ」
「どうするつもりだ?」
接近したり離れたりを繰り返す松明の灯りは、確実にこちらに近付いている。
夜陰に紛れてクラフィットと御使いをやり過ごすのには、障害物の無い場所では難しい。やり過ごす方法があって尚且つ、剣を抜かなくても済むのならそれに越した事は無い。
「簡単な事さ。坊主はもう少し、走れるか?」
先刻と同じ問いに、ルークは逡巡した後に頷いた。
「好い返事だ、もう少しだけ付き合ってもらうぜ」
アサドに何か考えがあるらしい。緊張を孕んだ声の中に、若干の余裕を垣間見たルークは、不思議そうにカミラと顔を見合わせた。
「まぁ、ちょいとな」
にやりと笑うと、再びルークの手を引き、走り出した。
アサドは北極星の青白い光を目印にしているらしい。夜目も利くようで、石に躓くようなことも無ければ暗がりで同じ場所を堂々巡りする様子も無い。ただ逃げているだけとは違うようで、一度立ち止まっては何かを確認するかのように屈みこんで”何か”をしていた。


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