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Japanese
Original Title
穢れた手
Simplified Chinese
Title
 気がつけば見知らぬ場所にうずくまっていた。

ルークは朽ちた泥煉瓦の壁に背を預け、日の落ちた

(
あおぐろ
)
い地平線を見つめていた。

口を真一文字に固く結び、瞬きすらも忘れたかのように目を見開いたまま微動だにしない。足元を小さな蜥蜴が横切ったけれど、それにも気が付かなかった。

 周囲には崩れた煉瓦が
石塊
(
いしくれ
)
と化し、散乱していた。辛うじて形が残っていた土塀は蔦がすっかりと覆い隠してしまっている。かつて存在していたであろう小さな家は、土台と柱を残して緑の中に埋もれ、痕跡を残すばかりだ。風の冷たさに、ルークは身震いした。
足元には、無造作に放り捨てられた剣が草むらの中に転がっている。殺した男の傍に置き捨てたつもりだったが、無意識のうちに持ってきてしまったらしい。ルークが苦々しげな表情で俯いた。
未だに
御使
(
みつか
)
いの男を殺めたときの、あのなんとも言えない嫌な感覚が両手にしっかりと残っている。いまも、両手には男の血がこびりつき、ルークの手を赤茶色に染めていた。


(剣を初めて引き抜いた時、生きる為に振るうのだと決めたはずだった)

 年端もいかない子供が目の前で殺され、激昂したのは、あくまできっかけの一つに過ぎない。

初めて他人に剣を向けることに戸惑いを全く感じなかった訳ではないけれど、半分は自分の為に。もう半分は、本気で殺そうと襲いかかってきた男を”追い払う為”に剣を抜いた筈だった。

怪我でもして相手が怯んでくれたら。

気絶でもしてくれていたら。


(―――甘い考えだった)

 自分が追っ手から身を隠したせいで少女は殺され、自分は
御使
(
みつか
)
いを斬り殺した。人を斬り殺してしまったあの嫌な感覚も、少女の母親と少女の弟が自分に向けた、憎悪を含んだあの眼差しも。事切れた少女が血の海の中で人形のように横たわっていた光景も。全てはの自らの行動が招いた結果だった。

(今となっては、もう遅い)


自分が選択を誤ってしまった結果、少女と男は死んだ。

自分が生きる為に、二人を殺したも同然だった。

 ひょっとしたら、イブティサームも同じように殺したのかもしれない。記憶が無いのは、自分の都合のいい自己解釈で事実を改竄し、消してしまったからなのかもしれない。

(記憶が無いのに事実だけが在る。これほど気持ちの悪い事があるだろうか)


 そもそも、自分が剣なんて取らなければ、こんな気持ちを知らずに済んだのかもしれない。


(自分の代わりに剣を振るう者がいたら)


 たとえば、他者の命を奪っても罪悪の念に縛られず、ただ命じられたまま動く兵士がいたら。

自分が罪の意識を感じながら剣を振るうより、誰かにやらせた方が、きっと、心も楽に違いない。

(そう、あいつさえ居たら)

 イスマイーラさえ居たら、自分の手で誰かを殺さなくても良かったのかもしれない。

もしかしたら、あの少女を守ることも、出来たかもしれない。


(―――いや、それは

(
ずる
)
い。自分の為にイスマイーラを人殺しの道具に使うなど馬鹿げている)

 しかし、自分の行動を棚上げしたうえに他人に問題と責任を擦り付けてしまおうとする悪辣な考えは、無数の泡のように浮かんでくる。


(もし俺がまだ皇族であったら、民を救う為だの、仕方のない選択だのとご立派な屁理屈を並べたて、ちっぽけな自尊心と罪悪を年齢にしては過ぎる権力で包み、誤魔化していられただろうか)


 いや、誤魔化していられるだろう。そういう自信だけはあった。

こんな考えを抱く時点で、俺は卑怯なのだ。きっと誰かのせいにして、自分は悪くないと誤魔化すに違いない。

(俺は、そういう人間だったんだから)

 そんなものは人として間違っていると教えるように、抜き身の剣がルークの足と地面の草の影を映していた。これからまた、人を殺める。何人も、何人も。次は戦えるのだろうか。次もまた、人を殺せるのだろうか。

 地面に放ったままの剣を取ろうとして、手を止めた。
拾おうとした手が、小刻みに震えていた。震えながら、剣を握る。とても重かった。
鈍色の刀身が、ルークの顔を映し出した。生々しい赤茶色の錆びのようなものと一緒に、自分の顔が映っていた。
不快そうに顔を顰め、刀身を草で拭う。神経質なまでに何度も、何度も、何度も。
刀身にこびりつき、乾いてしまった血が草葉に擦れてぱらぱらと落ちていく。
赤茶の錆の下から銀色が顔を覗かせ、微かに人の輪郭が映し出されていた。
何度も拭えば綺麗になるかと思った。けれど、かえって汚れてしまった。
かつて銀色だった刃は、草の汁と血の混ざりもので濁り汚れていた。
(これ以上は、無理なんだ)

 刀身についた血を草葉で拭い落とすのも。人を殺す前の何も知らなかった頃の自分にも、もう戻ることは出来ない。自分の行為も、何もかも、拭い去る事はできない。犯してしまった過去は変えられない。
濁った刀身を無言で眺め、鞘に収めた途端、何かが腑に落ちた気がした。


(イスマイーラはどうしているのだろう)

 一人で
御使
(
みつか
)
いを相手に戦っていたが、はたして無事なのだろうか。待ち合わせの約束をした街道に現れなければ待たずに先に行けと言われたが、いくら兵士とはいえ魔族を相手に戦うのは辛いだろう。
―――いや、彼は、あっけなく殺してしまったかもしれない。

あれは処刑人上がりの兵士だから、きっと自分のように怯む事も脅える事も無いのだろう。ごく自然に、躊躇無く、簡単に殺せる。イスマイーラは兵士だから。

国に武勇で名を馳せるほど強くはないが、自分より強い者を相手に戦える力は持っている。だから相手が
御使
(
みつか
)
いであろうとも、彼はきっと、無事でいる。それよりも自分が問題だとルークは思った。


 身分証明の書簡と金、そして少量の携帯食料を、ボラクにくくりつけたままにしていた。その上、イスマイーラと合流しようにも、ボラクがいないのでは話にならない。
「徒歩か……」

 眼前に広がる広大な草原を眺めながら、ルークは呆然と呟いた。

あの向こうにある青の街の街道まで、どれくらいの日数がかかるのだろう。想像するだけで気が遠くなる。けれど、このままここにいる訳にはいかない。
そう思った途端、ルークの思考はめまぐるしく働き出した。歩くのならどのくらいの日数が必要だろうか。一日では無理だ。最低でも七日か、いや、俺の足では、もっとかかる。砂漠のような過酷な環境ではないのが救いだった。まず当面の飲料と食料の確保。幸い川からは離れていないから、水は何とかなる。肝心なのは食料だ。簡単な罠を作って狩りでも出来れば好いのだが。
一番肝心な料理が出来なかった。

ルークの眉間に皴が寄る。命の危険がある訳ではないが、それでも不味い。

(いや、それよりも、もっと優先すべきことがある)

 不意に思いついたように空を見上げ、急ぎ足で瓦礫の周囲と朽ちかけた小屋の残骸の隙間を探し回った。夜になる前にまず第一にやらなければならない事があるのを思い出したからだった。

寝床の確保。既に日は落ちかけている。移動も食料確保も、何もかもは明日に回すべきだ。夜間の移動も出来なくはない、方角は星を読めば何とかなる。しかし、現在位置がつかめないのでは何処をどう移動したら良いのか分からない。そのうえ、夜では何も見えない。迷うのは必定だった。

 その最中、ルークは大きな瓦礫の隙間を見つけた。
暗くてあまり良く見えないが、人一人かろうじて身体を横たえる事ができる隙間のようだ。下草は殆ど生えておらず、中はひんやりとして冷たい。何らかの動物の住処だろうかと思ったが、痕跡が無い。
瓦礫の隙間から外を伺えば、樹木の無い雑草だらけの平原が彼方まで広がっている。樹木も少なく、倒壊した家屋のようなものも無い。何か異常があってもすぐに目にして動く事も出来るだろう。瓦礫の隙間や、背の高い雑草のお陰で身も隠すことも出来るならば、これ以上の場所は無い。

丁度良い寝床だった。


 ルークの耳に、微かな人の声が飛び込んできた。

舌足らずの声からして小さな子供だろうか。まだ声変わりしていない少年の声のようにも聞こえる。南部訛りのきつい、どこかで聞いたような声に、ルークは漸く声の主が誰だか判別した。

昼間、遺跡の傍で荷車を引いていた者達だった。


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