~第1話・6章 【紅い血と、紅い炎と】~
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Japanese
Original Title
~第1話・6章 【紅い血と、紅い炎と】~
Traditional Chinese
Title
「ここに来てはいけないと言われているでしょう?」
 ふいに後ろから声をかけられた。
「……グラウス、様……?」
 振り返ると、執務中なのか
書類綴
(
バインダー
)
を抱えたままの執事がそこに立っている。

 銀髪がわずかな光を弾く。ここのように真っ暗な場所では、そんな光でも目に留まりそうだ。
 階下で

(
うごめ
)
いている化け物たちに見つかりやしないかと、ルチナリスは視線をホールに向けた。あの中の1匹にでも見つかれば後はない。

 それと同時に奇妙にも思う。
 この人はこんなところでなにをしているのだろう。こんな、悪魔が普通にうろついている場所で。

 人間なんて捕まったら最後、頭から食べられてしまうのに、この人は声をひそめるどころか隠れようとすらしていない。

 上背があるから目立つのよ、隠れなさいよ。……とは面と向かって言える雰囲気ではないけれど。しかしこれでは灯台が突っ立っているようなものだ。まさか自分の身長が標準より上だと言うことに気づいていないとは言わせない。
「知らなければ幸せだったものを」

(
いさ
)
めるような目を向け、グラウスは口を開いた。

「真実を知ろうとすることがいつも正しいとは限りませんよ。誰かを守るための嘘もある。あなたの行為が誰かを傷つけることもあると言うことを覚えておきなさい」


 淡々と諭す喋り方はいつもと同じ。

 誰かに声を聞きつけられたら、と、ひそめる様子も全くない。
 ……なによそれ。
 ルチナリスはグラウスを睨みつけた。
 ここに来ちゃ駄目だって言われているのに来たのは悪いと思うわ。でもどんな悪魔がいるんだか知っていたほうが自衛できていいじゃない。そりゃあ奴らに食べられちゃう危険もあったかもしれないけど、あたしはまだ見つかっていないし、奴らが飛び掛かって来るより先に逃げ出せるように出入り口も確保しているし――。
 そんな言い訳が次から次へと頭の中に並ぶのは「自分ひとりじゃない、執事がいる」という安心感もあったのかもしれない。
 執事だって無防備なくせに何故あたしだけ言われなきゃいけないの? と、思ったのかもしれない。

 その目にグラウスは言葉を止めた。

 かすかに開いたままの唇はまだなにか言いたげに動いたけれど、それだけだった。
「……人間の小娘とのままごと遊びも、これでおしまいですね」
 彼は少しだけ遠くに視線を向けた。


 人間の小娘?
 なに? その自分たちは違うみたいな言い方。


 口を開きかけたルチナリスより先に、グラウスは彼女の肩に手を置いた。なだめるため、と言うよりも彼女の動きを封じるためのようなその手の冷たさに、ルチナリスは身を

(
すく
)
める。

 力を込めるでもなく置かれているだけなのに動くことができない。肩から足まで一瞬のうちに凍りついてしまったようだ。
 この男の手はこんなにも冷たかっただろうか。
 氷を乗せられている、と言われても今なら納得してしまうかもしれない。
 少し前に廊下で肩を叩かれた時は、そんなこと感じなかったのに。



 執事の身体で半分ほど遮られた視界の端にあの人が見える。ホールにいる化け物たちと動くこともできない勇者一行を黙って見下ろしている。

 その怜悧《れいり》な横顔に、わずかに憂いた色が見えたような気がした。
 ふ、と執事が小さく息を吐く。
 見上げると彼はルチナリスの肩に手を置いたまま、同じようにその人を見つめている。
 いつでも化け物たちから逃げられるように様子をうかがっているのかとも思ったが、それとは違うようだ。
 どこか苦しげに。
 どこか切なげに。
 この目、どこかで見た。
 この厳しい執事がこんな目をする時。……どこだったっけ。

 黒い布をまとった人が、再び身を翻した。

 顔に当たっていた光が、頬へ、髪へと移動していく。その黒の中で、別の色が揺れた。
 あれは。

 あの、青い色は。
 去りかけたその人が、ふとこちらを見た。
 紅い、紅い瞳が大きく見開かれる。
 ああ、そうだ。義兄を見る時の目だ。
 背を向けて去っていく義兄を、執事はいつもこんな目で見ていた。
 ゆらりと紅い中に、懐かしい蒼が混ざり始める。

「……る……ぅ? どうして、」

 あの冷たかった声はどうしようもなく義兄の声色に似て……。
 ――その時。
「油断したな魔王。勇者は剣士だけを言うのではないわ!!」
 ホールのほうから鋭い声がした。見ればガーゴイルの手を振り払ったのであろう弓使いが、上半身だけ起こして弓を構えている。弦が弾かれた直後のように小刻みに震えている。
 ちゃんと立ち上がることもできないくらい消耗しているのだろうに、弓使いは満足げに口元を緩ませた。

 弧を描くようにして飛んでくるその尖った矢尻の先は――まっすぐにこちらを向いていた。




「……勇者のくせに、」
 絞るような声がルチナリスのすぐ近くで聞こえた。庇うように抱きしめている腕はすぐ近くにいた執事のものではない。
 知っている。

 あたしは、この腕を知っている。

「女子供に弓射るのが勇者のすることか?」

 義兄に似たその人は片手でルチナリスを庇いながら、もう片方の手で矢を掴んでいた。
 掴んだ手から紅い筋が伝う。手首から滴り落ちていく。



 紅いんだ。
 目の前をすうっと落ちていくものを、床に溜まっていく紅を、ルチナリスはただ見ていた。
 あたしと、……人間と同じ色。
「貴様の相手は俺なんだろう?」
 彼はそう言い放つと矢を掴んでいた手を握り込んだ。
 硬い音と共に羽根のついた軸が――矢尻のない軸だけが――床に落ちた。
 カラン、と矢が床で音を立てたのと同時にその手から炎が揺らめいた。炎は弓使いに向かって躍り出る。渦を巻き、身をくねらせる様はまるで深紅の竜のようで……。

 その竜によって描き出された渦は、弓使いと入り口付近にいた他のふたりをも巻き込み、瞬く間に数段下に広がる玄関ホールそのものを呑み込んだ。



 ルチナリスはその光景に目を疑った。
 今のなに?
 魔法?
 この人が使ったの?
 暗闇に紅く炎の花弁が舞う。
 それはとても幻想的で、……とても忌まわしい。

 これは、魔法、だ。

 勇者と呼ばれて旅をする人たちの中には稀に魔法を使える人がいるけれど、彼らは杖などの媒体と、導き出すための呪文を用いる。間違っても人の手から直接出したりはしない。
 でも、それならこの人は。
 だってこの腕は。
 悪魔と呼ばれて、化け物に指示を出して、矢を手で受け止めて、魔法を使って、勇者一行を火だるまにしたこの人は……。
「青……藍、様……?」


 彼は溜息をついた。

 答えるでもなく、不快もあらわな目で周囲を見回す。
「誰だ! るぅをここに入れたのは」
「いやぁ、るぅチャン足速くて」
 声に呼応するように、未だぶすぶすと煙が充満しているホールの端からガーゴイルが1匹顔をだした。
 その声には聞き覚えがある。あたしに何度も話しかけてきた、あの姿の見えない声と同じものだ。
 だとしたら、あれが今まで話しかけて来ていたの?
 あたしの隣にいたの?
 腕からは早々に解放されたもののその場に突っ立ったまま、ルチナリスはそんなことを思う。
「足が速かろうと止めるのがお前の仕事だ」

 彼は舌打ちをすると矢を握っていた手のひらを広げた。折れた矢尻が突き刺さっている。

 息を呑むルチナリスの前で、彼は無言のまま矢を引き抜いた。
「ひ……!」
 痛みはないのだろうか。
 その顔は踊り場で勇者を見下ろしていた時と同じで、なんの感情も見えない。
 お兄ちゃんよね?
 ルチナリスは目の前の人の左手を凝視する。
 矢尻とともに噴き出した血が、その左手を紅く染めていく。さっき滴っていた時とは比べ物にならない速さで。

 お兄ちゃん、なのよね――?

 紅い、綺麗な目だと思った。
 異形の化け物に指示を出していたけれど、この人は紅い血が流れているんだとも思った。
 だ、けど。
 噴き出す血がどくどくとその手を染めていく。
 紅く。

 紅く。

 その色は、ルチナリスの視界と心をも浸食していく。
『人間狩りだ。お前は逃げなさい』
 そう言った養父の顔が、
『逃げ、て……』
 と呟きながら倒れていった女性の影が、ルチナリスの脳裏にフラッシュバックのようによみがえる。よみがえって、そのまま紅に呑み込まれていく。

「いやああああああ!!」

 悲鳴しか出ないルチナリスを執事が押し退けた。
 紅に染まった手を掴み、ハンカチを取り出す。
 その白い布も、執事の白い手袋も、見る間に紅く染まっていく。







「無謀にもほどがあります!!」
 紅く染まった手にハンカチを巻きつけながら、グラウスはその人の顔を覗き込むように身を屈めた。
 執事に正面から見据えられて、初めてその人の顔に表情が浮かぶ。怯えたような、戸惑ったような、親に叱られた子供のような、とにかく今までの無表情からは想像もできない表情が。
 それと同時に、さっきまであたりを包んでいた重圧感があっという間に霧散していく。
「……だってこんなの刺さってたら邪魔じゃ、」
「そう言う問題じゃありません! あなたはご自分を軽く考えすぎなんです!! 何処の世界にこんな人間の小娘の盾になる魔王がいますか!!」

 どこかでものすごく見たことのある光景だと思うのはどうしてだろう。
 魔王と呼ばれたその人は、頭から執事に怒られていた。

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