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Japanese
Original Title
~第2話・5章 【策略の夜会】~
Traditional Chinese
Title
 窓の外はすっかり闇に支配されている。

 しかし
硝子
(
ガラス
)
1枚隔てた室内は、煌々と灯りがともっていた。壁に掲げられた
蝋燭
(
ろうそく
)
の灯りを、シャンデリアが何倍にも増して輝かせる。

 その輝きの下では無数の着飾った貴婦人が笑いさざめく。

 グラスを片手に歓談に勤しむ紳士、色とりどりの菓子に歓声を上げる少女、人々の間を漂う音楽。

 そこにあるのは

(
ぜい
)
を尽くした幸福の光景。

 これが人里離れた崖の上に立つ城の中だとは。

 道に迷った旅人など、これを見たら幻覚だと思うに違いない。お伽話の少女が命尽きる前にマッチの炎の中に見た光景を思い浮かべる者もいるだろう。





 グラウスは時計を見た。

 午後8時10分。タイムリミットまで1時間を切っている。

 人ごみの中に青藍の黒い髪を探した。侯爵と話をしている。必要以上に飾り立てられているのはアイリスの趣味だろうか。

 魔王としての動きやすさを重視しているのだから仕方ないとは言え、やはり普段の彼の服装は地味かもしれない。そう思う反面、今のその華やかさは余計に彼を遠い存在に感じさせる。

 ……夜会は嫌いだ。

 あの人との距離を思い出してしまうから。


 アイリスに彼女の友人と踊れと言われたものの、青藍は専ら侯爵の相手をしているようだ。遠巻きに取り巻いているのは相手にされなかったお友達だろうか。

 本当に最初のワルツをものにしていったあの小生意気な姫君はいない。満足して何処かでお喋りに興じているのかもしれない。放ったらかしにされている諸姉の虎視眈眈とした目が怖い。

 こんなところまで呼びつけて、いったい何を話しているのやら。

 夜会やサロンとは、もともと自分の権力をひけらかすためのものだと聞いたことがある。招かれる客で主人の社交界での地位が決まるのだとか。

 青藍の家はアーデルハイム侯爵家より格下だが、ここ最近の上昇株。魔界貴族たちへの影響力は今や侯爵家より上とも言われている。それを従わせることができるのだと、力を誇示するためだけに招かれたのだとしたら腹立たしいことこの上ない。


 夜会は終わる兆しなど微塵も見せない。タイムリミットまでに城を出なければ、幻覚に囚われ、城主が解放するまでこうして踊り明かし続けることになる。

 それでも齢の長い魔族ならなんの問題もない。

 人間にとっては1年でも魔族にはほんの一瞬。自分たちだって魔王役でなければ、そして義妹を待たせていなければ、問題にするところなどなにもない。

 そう思いながらもう一度人ごみに視線を送り、グラウスは息が止まった。

 いない。

 つい今しがたまで侯爵と話をしていた青藍の姿がない。


 ほんの少し目を離した隙に、話に区切りがついたのだろうか。その一瞬に、誰かに誘われたのだろうか。


 侯爵は別の紳士と歓談している。



 取り巻いていた令嬢たちはスイーツのコーナーに移動して花を咲かせている。


 いない。

 彼だけが、いない。








 青藍は廊下を歩いていた。
 手を引いて行くのは淡い金髪の少女。黄昏の光の中では豪奢に輝いていた黄金も、小さな蝋燭の灯りが点在するだけの廊下では、本来の輝きにおさまっている。


「……どちらへ?」
 屋敷の奥には行きたくない。

 時計をグラウスに渡してしまったので正確な時刻はわからないが、それでも、もうそろそろ午後9時近いのではないかと思う。

 侯爵と歓談している間、何度かグラウスの視線を感じた。彼のことだから、時間が来れば何よりもまず城の外に連れ出してくれるだろう。そう言う点では目覚まし時計をセットしておいたような妙な安心感があったのだが。しかし、今ここに彼はいない。



「どうして
義妹君
いもうとぎみ
をお連れ下さらなかったの? 私、楽しみにしてましたのよ?」
 肩越しに振り返り、アイリスは妖艶な笑みを浮かべた。外見だけを見ればあまりに違和感のある笑みだったが、魔族としての実年齢からすれば相応と言えるかもしれない。


「あれはアイリス嬢でしたか」

 侯爵からの使者が持って来た手紙にあった、ルチナリスを連れて来いという一文は、どうやら彼女が付け加えたものであるらしい。

 しかし何故。

 同じ年頃の友人が欲しいなどという理由ではないだろう。現にダンスホールには彼女のお友達と称する令嬢が大勢招待されていた。

 彼女たちが人間界に居を構えているのか、今日の為にわざわざ魔界からやってきたのかは知らないが、あの分なら話相手に不自由することもないだろう。

 それに庶民派の義妹がこの令嬢の相手になるとも思えない。

「まだ人前に出せるほど作法をおぼえているわけではないので、今回は御遠慮させて頂きました」

「10年も青藍様のおそばにいるのに?」

 アイリスは足を止める。

「やっぱり家畜は家畜って言うところなのかしら。豚に礼儀作法を教えるのが無駄なように、人間をどれだけ磨いたところで私たちと並ぶことはできないってことね」

 家畜、という言葉に青藍は眉をひそめる。



人間は魔族にとっては狩る対象。豚や牛と同じように、育てて殺して食べるもの。
 それ故に、心無い者の中には蔑みを込めて人間のことを「家畜」と呼ぶ者もいる。

 今回、侯爵が人間界に来た目的は狩り。

 同行してきたアイリスの前でも何度かその言葉が出てきたであろうことは、当然のように口にする彼女を見れば疑うまでもない。



「アイリス嬢は、その家畜ばかりの世界へ何をしにいらっしゃったんです?」

 青藍の声にアイリスはゆっくりと向き直った。紫水晶のような瞳が馬鹿にしたように細められる。

「あら、私だってヴァンパイアの血を継いでいるのですもの。狩りくらいできますわよ?」

「違う」

 呟かれた否定の言葉に、アイリスはふふ、と笑った。
 笑って、掴んだままの手を取り直す。

「……荒れてますわね。男性の執事と家畜のメイドしかいないのでは、手入れも怠っているのでしょう?」

 青藍の手を弄びながら、アイリスは全く違うことを呟いた。

「はい?」

 今までの緊迫した空気がふっと消えたのを感じる。故意なのか……彼女もこんな腹の探り合いのような会話には耐えられなかったのだろうか。


「魔王なんて汚れやすいお仕事をなさっているのですもの、ちゃんと手入れをしなければ荒れる一方ですわよ? 私、良いクリームを持ってきましたの。お試しになってみます?」



てい
よく、はぐらかされた感がしなくもない。
 しかし一触即発のような空気だったことに比べれば、むしろ話題を変えてくれたことは青藍にとっても有難かった。

 アイリスが義妹をどう思い、何故連れてこいなどと言ったのかは不明だが、旧知の仲である彼女と険悪な雰囲気になるのは避けたい。

「それにさっきから思ってましたけど、青藍様、家畜の臭いがしますわよ?」

 アイリスはくんくん、と鼻を鳴らす。

 そう? と思わず掴まれていないほうの手を鼻に持っていく青藍に、彼女は口元を歪めた。

「こんな世界に10年もいて、四六時中そばに1匹置いているんですもの、臭いが染み付いても仕方ありませんけれど」


そういうものだろうか。と首を傾げた青藍の手を、アイリスは無邪気な笑みを浮かべて引いた。



そうだわ。湯殿の用意をさせますからお入りになって! 薔薇の香油を入れて、お出になってからも同じ香油で磨けば臭いなんてすぐにとれますわ!」

「い、いや、それはちょっと」

 青藍は思わず後ずさった。

 アイリスの言い分もわからなくはないが、何故よその屋敷にまで来て風呂に入らなければならないのだろう。

 そうでなくても自分の趣味ではない装飾過多な服を着せられている。ここははっきり断っておかないと、次はどんな要求を押しつけられるか知れない。

 それに午後9時にはここを出るつもりだ。入浴などしている暇はないし、そんな事態をグラウスに知られたらなにを言われることやら。

 しかし彼女は妙に目をギラつかせて袖を掴んだまま離さない。



「遠慮なさらないで」

「遠慮します!」
 服のことといい、どうも青藍の身なりを整えるのは自分の役目だと思っている節があるようだ。人形遊びのように着飾らせたい、というだけなら付き合っても良かったのだが、限度と言うものがある。


 早く迎えに来ないかな。青藍は来た廊下の先に目をやった。
 今頃は自分を探しているであろう執事を、これほど待ち望んだことはない。



 廊下の先にあるはずの喧噪は何も聞こえない。

 酔いをさましたり秘密裏に囁きあうために抜け出してくる客人も、追加の料理や飲み物を運ぶ者の姿もない。

 時間だ、と迎えに来る長身の執事の姿も、もちろんない。

 かすかに金具が触れ合う音がした。
 見ればアイリスが耳飾りに手をやっている。外れたのだろうか、金色の耳飾りを付け直している彼女の姿に、一瞬違う光景がよぎった。

 転がり落ちていく

色の飾りを。

 その飾りを拾い上げた手を。

 濡れて、しずくが滴り落ちた袖口を。

しゃりん
、と鈴のような音がひとつ、耳の奥で鳴り響いた。





「”青藍が魔王役になってもう10年。なにが気に入ったのか、魔界に戻ってこようとはしないんだよ”」

 アイリスのものではない、他の誰かの声色を真似たような台詞が聞こえた。
 その声が青藍を

(
うつつ
)
の世界に引き戻す。

 この声のイントネーションには聞き覚えがある。

 拭っても拭いきれない記憶。

 自分をよく知る者の声。

「”もしかして家畜どもに感化されてしまったのではないかな。聞いた話では家畜の娘を手元に置いて兄妹ごっこをしているらしい” ……どなたの言葉か、おわかりですわよね」

「それで、その誰かの代わりに様子を見に来た、と?」

 警戒を強める青藍とは裏腹に、アイリスは屈託なく笑う。

「ここに来たのは私の意思。青藍様が飼っていらっしゃるその家畜の娘とやらを一度見てみたくて」

 乾いた笑い声が他に誰も居ない廊下に響く。
 あたりを浸食している闇のせいだろうか。笑っているはずの声が、やけに暗く淀んで耳に届くのは。

 窓の外には星ひとつない夜空。

 その空を背景に、白く見える雲が混じり合うように渦を巻く。





「本当はノイシュタインまで出向いてもよかったのですけれど、叔父様がこちらへ呼んだほうがいろいろと早いと仰るから……それなのに連れて来ないんですもの、計算外だわ」


 義妹共に呼び付けてどうするつもりだったのだろう。

 青藍は黙ったままアイリスを見た。そして、彼女の背後に広がる窓の外の渦も。

「小さい頃は本当のお兄様のように可愛がって下さった青藍様が、こんな薄汚れた世界の片隅で家畜を妹がわりにしてるなんて、興味を引くなと言うほうが無理な話ですわ」

 アイリスは純粋にルチナリスに興味を持っただけだとしても、侯爵の思惑は違うだろう。

 最近は人間たちも武装している。

 狩りに出れば魔族側にも少なからず被害は出る。

 それに比べれば、抵抗する手立てをなにひとつ持たずにやって来る娘を捕らえるほうがずっと容易い。

 ……そして。


「家畜の娘を妹代わりにするほど寂しいんだったら、魔王なんてやめてしまえばいいのに」
 アイリスはぽつりと呟いた。

 今しがたまで使っていた気取った物言いではない、少女の口調で。

「叔父様は人間たちを抑え込むには強い魔王がいてくれないと、なんて言うけど、もう10年よ? 魔界に戻ったって誰も咎めたりしないわよ」

 今までの魔王役はもって5年。それを考えれば青藍の就任年数は長い。

 武装した人間と命がけで戦う仕事を希望する者など少ない、と言っても、そろそろ次の代に交代してもいい頃だ。ルチナリスを育てていることもあって、気付けば10年の歳月が経ってしまっていたが。


 アイリスの後ろから糸引いている「誰か」が、青藍が魔王でいることを好ましく思っていないことは、先ほどの彼女の言葉からも明らかだ。
 ルチナリスを捕えて引き離し、人間界への未練を断ち切らせることで、自分を魔界に戻す。その「誰か」の頭の中にはそんな筋書きが出来上がっているのだろう。

「戻りましょう青藍様」

 アイリスの声に呼応するように、窓の外に広がる空がぐにゃりと曲がり始める。

 空も、雲も、同じように薄っぺらな色で混ざり合っていく。

「さあ」

 アイリスは手を差し伸べる。

「……ごめん」
 ――ガシャン!!

 青藍がアイリスの手を押し戻したのと同じくして、彼らの真横の
硝子
(
ガラス
)
窓が派手な音と共に砕けた。



 無数の硝子の破片がきらきらと舞い

(
こぼ
)
れながら視界を覆う。しかし、降ってきたのは破片だけではなかった。

 その破片を身にまとって飛び込んできたのは1匹の白銀の狼。その狼はトン、と軽やかに着地するとアイリスの前に立ち塞がった。

 アイリスと、青藍の間に。


「……人間は、家畜なんかじゃない」
 突然現れた獣に声を失っているアイリスに青藍は言う。

「今度、ノイシュタインにおいで。
義妹
(
いもうと
)
を紹介しよう」

 少しはにかんだような笑みで話す青藍に、獣は頭を上げ深緑の瞳を向ける。

「いい子だよ、とて……うわっ!」

 そのまま彼の上着を噛んだ獣は、話を遮断するように身を翻した。

 急に引っ張られてバランスを崩した青藍を背に乗せる、と言うよりも半ば引き摺るような形で、それでもなんの
躊躇
(
ためら
)
いもなく、狼は入ってきた時と同じように窓から飛び降りていった。


「青藍様!?」

 突然の出来事に茫然としていたアイリスは、ふと我に返ると窓に駆け寄った。
 ここは3階。いくら身体能力が優れた獣だとしても、易々と飛び降りられる高さではない。彼女は割れた窓枠を開け、下を覗き込む。

 しかし、窓の下には誰もいなかった。

 白銀の狼も、青藍も。



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