~第3話・3章 【罪深きは我か。それとも無知なる君か】~
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Japanese
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~第3話・3章 【罪深きは我か。それとも無知なる君か】~
Traditional Chinese
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 庭に降りたふたりの前を歩いて行く列が見えた。

「あれは……なにかしら」

 母は眉をひそめる。

 老若男女入り乱れた列。総じて見れば老人よりは子供、男性よりは女性が多い。

 ただ、皆汚れた服を着、疲れた顔をして両手を戒められているところだけは共通している。

「人間狩り、ですね」

「まぁ……」

 そう言えばさっき部隊が帰って来ていた。最近は他の家と争うこともないから不思議に思ってはいたけれど、狩りに行っていたのか。

 青藍は1時間ほど前に見た光景を思い返す。


 狩りによって捕えられた彼らの運命は、手に取るようにわかる。

 滅多に口にできない貴重品である前に母が口にしないせいで、自分も人間の肉というものは食べたことが無い。だから彼らを見ても「美味しそう」という発想はできないが……しかし、いくら口にしないとしても、自分たちが彼らの言うところの悪魔――捕食側であることは間違いない。

 無表情に列を眺めている青藍の横で、母は悲痛な面持ちで唇を震わせた。

「彼らを助けられない己の非力さを恨むわ」

 そのまま目を伏せ、首を振る。

 助けられないこと悔やんだり、その肉を食べようとしないのは、彼女が優しいからなのだろうか。

 しかし、鶏や牛、豚といった肉は普通に口にしている。先ほど飲んだ紅茶だって元を正せば植物だ。

 命に優劣があるというのか?
 それらが良くて人間だけ駄目だというのは、ただのエゴではないのだろうか。



 青藍は黙ったまま、母と、通り過ぎて行く人々を見比べた。

 捕えられる人間は何十人といる。ここで一時の同情に任せて助けたところできりがない。人間で言うところの豚や鶏が、魔族にとっては人間、と言うだけの話だ。
 ただ少し違うのは、自分たちと同じ姿形をしているものを食らう、と言うことだけ。

 母が同情を寄せるのもそのせいだろう。

゜・
*
:.

 列は最後尾に近づき、切れ切れになりつつある。一様に
項垂
(
うなだ
)
れ、諦めきった顔が続く。

 すぐ近くで見ている彼らにすら気づかないのか、救いを求める者もいない。


「……行きましょうか、母上」

 見ていても気分が悪くなるだけ。

 青藍は母を促しながら踵を返しかけた。


 そんな彼らの前で、少し遅れて歩いていた幼い少女が蹴つまづいた。

 疲弊しているのだろう、そのまま声も無く倒れ伏す。

「なにトロトロ歩いてんだよ、クソ
餓鬼
(
がきゃ
)
ぁ!!」

 大股で近づいた鎧姿のサイクロプスが、少女の頭上で片足を上げた。



 少女の頭を踏みつけようと足を上げた時、それを遮る声が響いた。同時に、振り下ろそうとした足と少女の間に人影が滑り込む。

 サイクロプスは視界の端にその人影を捕え、そのまま足を振り下ろした。

 ガッ!

 と大きな音がして……その直後、サイクロプスは後方へ吹き飛ばされていた。



 人影ごと少女を踏みつけるつもりだった。そのあてが外れて吹き飛ばされたサイクロプスが憤りの声を上げる。手にしていた曲刀を一閃すると周囲の植え込みから白い花弁が散った。

「なにすんだテメェ!!」

 ドシン、と
威嚇
(
いかく
)
するように足を踏み込む。地響きが鳴り、周囲の木々から鳥が逃げるように羽ばたく。

 漂う砂埃の向こうに座り込んだままの人影は動かない。その様子にサイクロプスは舌なめずりをした。

怖気
(
おじけ
)
づいたか?

 今さら命乞いをしても遅い。あの小汚い小娘と一緒に切り刻んでやろうか。いや、ただ殺すのでは面白くない。手と足を断ち、ケルベロスの巣の中に放り込んでやろう。生きたまま

(
むさぼ
)
り喰われればいい。

 先の戦ではあまり腕を振るう場面が無かったから血が見たい。丁度いい。



「待て!」

 醜悪に顔を歪ませたサイクロプスは、しかしその想像を実現させることはできなかった。砂埃の向こう、列の半ばを守っていた兵士が必死の形相で走って来る。

「待て! そいつは、その方は……!! 青藍……様、だ」

 青藍。

 その呼称を与えられた者はこの城にはひとりしかいない。魔界中を探しても、多分、ひとりだけだろう。

 曲刀をゆるゆると下ろしながらサイクロプスは砂埃を凝視する。

 引いていく砂埃の中、白いシャツが見えた。

 次いで、黒い髪と、蒼い瞳。



 間違いない。

 少女をかばうように片膝をついてこちらを見ているのは、確かにメフィストフェレスの次男坊。

 怖気づきもせず、命乞いをする気も全く無い、強い光を湛えたままの瞳がサイクロプスを射抜いていた。

゜・
*
:.


「困りますな青藍様。……邪魔されるなら我々も容赦しませんよ」

 曲刀を持つ手のひらに唾を吐きかけ、サイクロプスは下卑た笑いを浮かべた。当主のお気に入りと噂されているだけのことはある。男とは言え、これはかなりの上玉だ。

 たとえ相手が上級貴族だとしても……いや、上級貴族だからこそ。踏みつけ、痛みつけるさまを想像するのは自由。表立って手を出すことなど到底不可能な相手だけに、 獰猛どうもう さを 性さが とする彼らの中には1度は苦痛に歪む顔を見てみたいなどと思う輩も多い。



 魔王役に就任が決まったとはいえこんな細腕。

 何度も遠征に出て実戦馴れしている自分と、せいぜい模擬戦程度の貴族様とでは比べ物にもなるまい。

 サイクロプスは舐め回すように獲物を見る。

 その顔じゃ戦うと言っても、

(
ねや
)
に呼ばれて別の意味で……ってところじゃないのか? 当主を始め、お偉方に可愛がられているんだろう? そんな想像を感じ取ったのか、青藍は不快そうに眉を寄せた。

「少々、お相手頂けますかね」

 ターゲット変更。

 サイクロプスはじりじりと間合いを詰める。楽しんだ後で不慮の事故とでも報告しておけばいい。



 間の悪いことに鎮静作用のある花は散ってしまった。

 自分のこの攻撃衝動は花がなくなってしまったせい。偶然居合わせたこの坊ちゃんの不運は、ただ嘆くしかない。

 本当に。本当に、なんて運の悪いことだろう。


下衆
(
げす
)
が」

 片膝をついたままの青藍の
双眸
(
そうぼう
)
にゆらりと紅い光が灯った。足元に風が渦を巻きはじめる。

 彼に掴みかかろうと伸ばした手は、紅く揺らめく炎に退けられた。

「なん……だ?」

 その名を表わしていたはずの蒼い瞳は既にどこにもない。穏やかな海のような色の代わりに彼の瞳を支配するのは燃えるような紅。



 伸ばされた腕に同じ色の炎が浮かび上がる。次第に腕をおおっていく。

 腕に絡みついた炎が、ふいにサイクロプスに向けて鎌首をもたげた。




 それは巨大な竜の形。

 青藍の身体の数倍もある巨体が、空中でとぐろを巻きながら鋭い眼光を投げかける。

 火の粉が、まるで花弁のように舞い上がった。

゜・
*
:.

「はいはい、そこまで」



 パンパン! と手を叩く音がした。

 少し離れたところで黒髪の女性が呆れた顔で見つめている。

 あれは前当主の奥方。第二夫人。

 前当主が権限を全て長男に譲ってしまっているので奥方と言ってもなんの力もないが、それでも無碍(むげ)に扱っていい相手ではない。まぁ、それを言うのなら第二継承権を持ったままの目の前の獲物に手を出すことの方が問題ではあるが。

 彼女は足下に無残に散った白い花を拾い上げると、その瞳をサイクロプスに向けた。

 凪ないだ海の色。

 しかし予想外の魔力の一端を見せつけられたばかりの目には、そんな穏やかな色にも薄ら寒いものを感じる。




「ごめんなさいね。この子、預からせてもらえるかしら」

 ごめんなさいと言うわりには全く悪びれた様子もなく、彼女は冷ややかな目を向けた。自分より上背のある、その太い腕で張り飛ばされれば一撃で自分など殺してしまうであろう醜悪な化け物を前にして。

「そのほうが、あなたのためよ?」

 笑みも浮かべずそのまま手を握る。くしゃり、と白い花弁が潰れた。

 かすかに甘い匂いが漂う。

「……仕事の邪魔されると困るんですがね」

 サイクロプスはしぶしぶと曲刀を下ろした。



「見た目に似合わず喧嘩っ早いわね」

 母は苦笑まじりに息子を見た。

 助けても無駄なこと。助けてはいけない。と、そう誓っていたはずなのにこの結果。自分の甘さにもだが、つれない態度をとっていた息子が簡単に動いてくれたことについ笑いがこみ上げてしまう。

 止めていなければあのサイクロプスは再起不能になっていただろう。

 いや、そんなことよりも連行していた少女を助けに入ったことをどう隠そうか。

 人間狩りの獲物を巡って城内で争ったなどと当主である兄が知ったら……せっかく幽閉を解かせたばかりだというのに。

「戦えとは言わなかったわよ」

「それは向こうに言ってください」

 てのひらに付いた砂を払いながら青藍は無表情に呟く。



「でもよかったわ。あなたは全然変わってない」

「性格は変わったのでしょう?」

「ええ。冷たくて誰にも興味を持たない嫌な子になったと思ったわ。でも違う。ちゃんと自分より弱い者に救いの手を差し伸べることができる」

「母上が助けろと仰ったからじゃないですか」

 サイクロプスが少女を踏みつけようとした一瞬、母が自分の名を叫んだことを思う。

 命令の言葉にすらなっていない、しかしあれは紛れもなく命令だった。

 それには答えず、ふふ、と母は笑う。

「ほんと、いやぁね。可愛い子をいじめるなんてクズよ、クズ」

 彼女は去って行く兵士の後ろ姿に舌を出した。



「あ、可愛い子ってのにはあなたも入るわよ」

「……そう言う説明はいらないです」

「ここ、笑うところ」

 ……笑うところだったのか。

 それが母だけのローカルルールなのか世間一般の仕様なのかもわからないまま、青藍は首を傾げた。

゜・
*
:.


「それよりこれ、どうするんです?」

 青藍は足元に倒れ伏している少女を見下ろす。

 母に言われるまま助けに入ってしまったが、どうせすぐ見つかって連れて行かれるに決まっている。今回のことだって後になって考えればただの自己満足に過ぎないだろう。



 今助けても、彼女の死期がほんの少し伸びるだけ。

 ほんの、数日か、数時間。

 それなら「もしかしたら生き延びることができるのでは」などと期待させるほうが可哀想だ。あのサイクロプスには上級貴族に剣を向けた、という気の毒な事実だけ残ってしまうことになるが、意識のない間に返したほうがこの娘にとってはいいのではないだろうか。

「そうね……」

 母は少しの間小首を傾げていたが、しばらくしてわざとらしく手を叩いた。満面の笑みで振り返る。

「あなた、お世話係要るわよね」

「はい?」

「ノイシュタインに行ってからのお世話係。まだ決まってないのでしょう?」





 ノイシュタインとは魔王城のある人間界の町。

 そこで魔王に仕える使用人は魔界から連れて行くことが通例になっている。彼の地で新たに雇っても構わないのだが、城主が魔王であることを知っていても何ら問題のない同族のほうが余計な気苦労がない。

「この子供を?」

 青藍は口元を歪ませて母を見、それから改めて少女を見下ろした。

 ちょっと待て。

 いくらなんでも幼すぎる。これじゃどっちがお世話するんだかわからない。

 それに、この娘は人間だ。

 自分のことすら満足にできないような子供の上に、人間。連れて行っても足手まといにしかならないことはわかりきっている。



「お部屋余ってるんだからいいじゃない。ほらこんなに可愛いんだし」

「可愛ければいいってもんじゃ」

 呆れ顔の息子に母は畳みかける。

「可愛い子がいたほうが生活にも潤いが出るものよ。これも運命だと思って」

「運命って、」


 本当になにがさせたいのだろう。

 そうでなくても人間ばかりの世界で、自分が裏では魔王であることを隠して暮らしていいかなければならないのに。

 人間界まで連れ出せというだけなら荷物に混ぜて連れて行けばいいのだが、母の言い方ではどうもこの娘と一緒に暮らせと言っているようにしか聞こえない。




 人間と。

 人間の娘と。

 青藍は警戒の色を含んだままの目で母を見る。ここで押し切られるわけにはいかない。


゜・
*
:.

「運命の人って信じる?」

 母は遠く、本家の城を振り返る。

 あそこには兄が、父がいる。

「信じません」

「あのね」



 さらりと返すと母は恨みがましい目を向けた。

 なにが運命だ。

 少女向け小説か何かの読みすぎじゃないのか?

 青藍は警戒の目を向ける。

 なにもなければ適当に相づちを打つのも付き合いだとは思うが、この流れはどう考えてもこの娘を押し付けようとしているとしか思えない。

 つい助けてしまったものの、後々扱いに困るのは母とて同じこと。

 この城を出て行く自分に押し付ければ証拠隠滅、とまで思っているかもしれない。

「この子がそうだとは言わないけれど、」




 運命なんてものが本当にあるのなら、その人は兄だろう。

 自分の一生はあの人のものだ。間違ってもこの娘ではない。

「あなたにもそんな人が見つかるといいわね」

 そんな息子の心の内など知りもしない顔で、母はにっこりとほほ笑む。


 ……くだらない。

 母にとって父は運命の人だったのだろうか。

 生まれ育った場所を捨て、たったひとりでこの城に来るほどに。

 妻という肩書きだけ与えて、もう今は顔を見せることもしないあの父が。


 運命など、あるはずもない。
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