<< Previous Next >>
Japanese
Original Title
~第3話・8章 【忌まわしき記憶】~
Traditional Chinese
Title

 踊り場のずっと高いところにある明かり取り用の窓から、光が差し込んでいるのが見える。
 斜めに、それでも歪むことなく真っ直ぐ下りてくる金色の帯が。
『あれはね、天使の 梯子はしごって言うんだよ』
 重そうな雲の切れ間から同じように現れたそれをそう呼ぶのだと、青藍は教えてくれた。ここにあるのはずっと小さいけれど、やっぱり梯子なのだろう。
 変な声がする変なお城だけど、天使様は下りて来てくれるのだろうか。ルチナリスは光の中に目を凝らす。
「る~う~チャン」
 声がした。

(
あるじ
)
でもある彼の声ではない。あたりを見回しても誰もいない。



 ざらざらの石肌の洞窟に風が吹き抜けた時みたいな声は、天使様の声と言うにはダミ声すぎる。
 わかる。わかります。
 ルチナリスは箒を握りしめる。
 ……お化けだ。
「るぅチャンお掃除頑張ってるっすねー」
「ね、ね、

(
ぼん
)
の妹ってホント?」

「妹なのになんでメイドさんみたいなことやってんの?」



 いい加減慣れた、と言ってもいいかもしれない。
 かもしれないが、だからといってなんとも思わなくなったわけではない。
「……坊って誰?」
 ルチナリスは誰もいない廊下を見た。踊り場から下りて来る階段の、その一段目があるあたり。
「坊は坊でしょ? 青藍様。あははははは、俺あの人のこと様付けて呼んだの初めてかもしんない。ねぇねぇねぇ、これって初体験ってやつ?」
「あー、そういう名前だったっけ? なんかさ、小っさい時から坊だったから坊だと思ってたわ。向こうは知らんだろうけど」
「昔は可愛かったのにあんな鬼畜に育つとか、文句言っていいレベルっすよね」


 話しかけておいて、自分たちだけで盛り上がっているように聞こえる声にルチナリスは耳を傾けた。早口だから聞き取りにくいが、どうにも主を昔から知っているように聞こえる。
゜・
*
:.

 そりゃあいきなり引っ越してきて、いきなり領主様やってるんだもの。きっとどこか遠くにお家があって、ノイシュタインは領地だったりするのだろう。
 小さい頃、先代の領主様に連れられてここに来たこともあるのかも知れない。
 うん、だから知ってるのよ。きっと。
 声は更に続ける。
「妹がいるとは知らなんだなぁ」
「でさぁ。その妹がなんで召使いみたいなことしてるわけよ? ね、坊は妹だって言うけどホント?」

 妹。あの人が自分のことを妹だと言ったのだろうか。
「上級貴族様なんでしょ? 家事おぼえる必要あんの?」
「もしかして没落しかかってたりする?」
 貴族様なんだって前に町長さんが言っていたけれど、上級って、もっと上ってことなのだろうか。
 王様みたいな?
 想像もつかない。
「……じょうきゅう、きぞく?」
「あれ? 知らないっすか?」 

 ルチナリスが首を縦に振ると声はピタッと止んだ。「やべぇ」、「馬鹿、喋るな」といった声がひそひそと聞こえる。
 天使の梯子はいつの間にか消え去っている。
「どなた、ですか?」
 ルチナリスは息を大きく吸うと、天使どころか何もいるようには見えない空間を睨みつけた。
 やっぱりちょっとは慣れたのかもしれない。前はすぐに逃げ出してたのに、ほら、こうやって我慢できる。こっちから話しかけることも……違う。
 彼女は首を振る。
 これは我慢じゃない。
 我慢しなくていいって、あの人は言った。これは我慢じゃない。ちょっと勇気を出しているだけ。頑張っているだけ。

 この先もあの人と一緒にここにいるつもりなら、あたしは、逃げ回ってばかりいられない。
 いるんだもの。
 見えなくても、この声の「誰か」だって一緒に暮らしているようなものなんだもの。
「い、いやぁただの通りすがりっすからー」
 ルチナリスの態度に声が怯む。
「顔が見えないのって怖いんですけど!」
「見えても怖いと思、」
 ボコッ! と殴られる音がした。
 目を凝らしたところで、やはりなにも見えない。


「声だけですがたを見せないのはひきょうです」
 でも知ってるもの。
 このお化けは口ばっかりで、あたしに悪いことはしてこない。だから、大丈夫。
「るぅチャン難しい言葉知ってるなぁ……」
 声はそれだけ言うと黙り込んだ。なにかひそひそ相談しあっている声がするが、聞き取ることができない。
 なんだろう。おばけの相談? やっぱり食べちゃおうとかそんなこと言ってたらどうしよう。
 でも逃げるわけにはいかない。クマに遭っても背中を向けちゃいけないって言うし。お化けに背中向けたらどうなるかわからない。
「顔見せなさいよ!」
 クマだったらずっと目をそらさないまま後ずさるんだって、そう聞いた。

 攻撃的な態度を取ってクマを刺激しないように。そーっと、そーっと、クマの視界からいなくなるんだって。
 それから考えたら大声出すのは間違ってるけど。
「いや、でも……」
「青藍様に言いつけるわよ!!」
 でもクマじゃないんだし。現に怒鳴りつけたほうが効いてるみたいだし。
 長い沈黙。




「……どうする?」
 声のひとつがそんな言葉を吐いた。
「出て来るな、って言ったのは坊だぞ」
「でも言いつけるって、」
「ちょっかい出してたのバレちまう」
 全部同じ声なのに、話し合ってるのって変。お話を読んでいるみたい。ルチナリスは昔を思い出す。昔と言ったってまだ1年も経っていないけれど。
「でもさ、全然見たことないわけじゃないんだし」
 あれは春だったかな。旅の一座が立ち寄った時。
 その中にお姉さんがいて、子供たちを集めて朗読っていうのを聞かせてくれた。

「だよな。俺ら、あっちこっちにいるもんな」
 そのお話をやるから見に来てね、って言ってたっけ。行った子もたくさんいたけど、当然あたしは行けなかった。
 その時は孤児なんだからそれが普通だと思ってたけど。
「来た時だって並んで出迎えてるわけだしさぁ。耐性あるんじゃね?」
 お姉さん、綺麗な声してたな。間違ってもこんなダミ声じゃない。
 ……って、今は昔の思い出に浸ってる場合じゃない。ルチナリスは、はた、と我に返った。
 目の前なのか横なのか後ろなのかはわからないが、とにかく自分の近くではダミ声が相談し続けている。
「だよなだよな。俺らこう見えて結構他の奴らよりキュートだもんな。目もでかいし」
 そんな声がして。

 いきなり全ての音が消えた。
 声も、気配も。
 でもそれは嵐の前の静けさに似て。






 観念したかのようにぱっ! と出て来た化け物に、ルチナリスは目の前が真っ白になった。
 目の大きい、羽根の生えた、真っ黒い影が……3つ。

「い……やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
 絶叫が城中に響いた。






悪魔

 あたしの



った
異形




える





う人。
 あたしに

かって

びる
禍々
しい


 ぼこぼこと音を立てて溢れ出てくるように、しまい込んだ記憶が飛び出してくる。

『逃げなさい』
 そう言って村の方へ走っていった神父の後ろ姿が。
『かわいこチャン見~っけ』
 そう言って笑った化け物の牙の隙間から見えた

が。自分に向かって伸ばされた

が。
 ああ、その顔はどう見ても人間のものではなくて。
 ……それが今、目の前に……!!

 ……助けて。
 助けて。



 青藍様――――――!!



「るぅ!!」
 大声で呼ばれてルチナリスは目を開けた。心配そうな顔が見えた。
 彼女を抱えているのはずっと助けを求め続けたあの人。ふわりと香ったのは、以前、屋根の上でくるまった上着と同じ匂い。

「大丈夫? 悲鳴なんかあげて」
「青藍様! 悪魔が! 悪魔が出たの!! 悪魔が、」
「落ち着いて」
 青藍はルチナリスを抱き寄せると背中をとんとん、と優しく叩いた。彼女はその腕をぎゅっと掴む。
「怖くない。怖いことないから、大丈夫」
 あやすように繰り返される彼の声を聞きながら、その腕越しにあたりを見回す。


 いない。
 さっき見たはずの異形の化け物などどこにも。
 ゜・
*
:.

 日が傾いてしまったのか、踊り場の上にある窓からは梯子どころか光も差し込まない。そのせいで階段も廊下も全体的に暗いが、そこに何かが潜んでいるようには見えない。
 でも。
 怖い。


 このお城には悪魔がいたのよ? あたしの村を襲ったのと同じ顔した悪魔が。
 ずっと話しかけてたのは、その悪魔なの。
 どうしよう。
 あたし、食べられちゃう。
 青藍は黙ったままルチナリスを抱えていたが、しばらくしてぽつりと呟いた。
「……もしかしたらお前が見たのは悪い奴じゃないのかもしれない、とは思わない?」
「青藍、様?」
 なにを、言っているの?


「なにも怖がることなんてないんだ。お前がなにを見たんだとしても……ここにお前を怖がらせる奴も、お前を食べる奴もいない」
 町長さんが来たときにいろいろ教えてくれたのも、この人を探すあたしに居場所を教えてくれたのも、あの声だった。いろいろ言われたけど、傷付くようなことは言わなかった。
 見た目はあんなだけど、その声の主を、彼は悪い奴ではない、と言う。
゜・
*
:.

 それじゃ、さっき見たのは悪くない悪魔なの?
 そんなのっているの?
 いや、もしかしたら顔が怖いだけの精霊なのかもしれない。ゴブリンだって、リアルに書かれた本の挿絵は結構怖かった。そういえば、古いお城には精霊が居着いてるって、その本に書いてあったっけ。

 見た目はあたしの村に来た悪魔と似てるけど、全然違うのかもしれない。
「……怖く、ない?」
 そう言えば、彼らはこの人のことも小さい頃から知ってるって言ってた。
 でも、この人は生きてる。食べられもしないで、ずっと今まで。大人になるまで。
 それなら。
 あれは、本当は……怖くない、の、かも。
「怖くない?」
「怖くない」

 彼はそう言うと、口を噤んだ。なにか言いたげに口を開くが、なにも言わない。
 ただ、蒼い目の中で1度だけ紅っぽい色が見えた。
 なんだろう。
 夕陽の色でも反射したのだろうか。
 なんだか、とっても……
 ぐるぐると目が回るような錯覚のあと、ルチナリスはがくり、と意識を手放した。
 小さく漏れる寝息を確認して身体を抱え上げた青藍に、こそりと背後から声がする。
゜・
*
:.

「坊、」

「ひとの話が聞けないのか? 出て来るなって言っただろう。これは特に悪魔を恐れているんだから」
「だけどさぁ、」
「俺は、出て来るな、と言ったよな?」
 かなり遠くで小さくなっている3匹のガーゴイルのほうを向きもしないで、青藍はただ冷たく言い放つ。
「必要以上に怖がらせる権利などお前らにはない。俺たちは、これとは違うものだと……怖がらせるだけでしかないということを忘れるな」
「へい」
「親切心からだろうと無闇に声をかけるのも禁止だ」
「……へぃ」
 不承不承に返事をするガーゴイルたちに、青藍はやっと目を向けた。
「明日起きた時には夢だと思うだろう。この城で俺たちといたことも全て、いつかは夢でしかなくなるのだから」
「坊、」

 酷い悪夢を見たと言ってまた泣きついてくるだろうか。
 それでも、先ほど見たことを真実として憶えていられるよりはいい。
 ゜・
*:.

.:・゜.:
*
・゜

「……すっかりパパの顔っすね」
 それからかなりの間を空けて、ガーゴイルの1匹が遠慮がちに呟いた。
「そういやさっき、るぅ、って呼んでたっすよね? いいでしょ? あれだのこれだのって言うより」
「ひょっとしてこっそり呼んでました?」


 遠慮というものを知らないのか、ただ単に学習能力が欠如しているのか。
 つい今しがた怒られたばかりだと言うのに、1匹が口火を切ったことからガーゴイルたちはてんでに口を開き始める。
「すっかり信頼されちゃってるみたいだし、自分好みに育てる準備は万全ってやつっすね」
「俺らが脅したおかげで坊の株が上がったようなもんっすよねー」
「感謝して欲、」

 ガーゴイルは、その主の目に言いかけた言葉を飲み込んだ。その色は真紅。魔王の色。

「……俺がいつまでも甘い顔していると思ったら大間違いだからな」
 ざわついていた風の音が、しん、と静まり返った。

Contents
Draft
<< Previous Next >>
Publish
Save
Cancel
You haven't saved your translation. Are you sure you want to leave this page?
Cancel
Yes
You haven't saved your translation. Are you sure you want to leave this page?
Cancel
Yes
Fanction
  • Write your story
  • Upload image
  • Search
  • My Library
  • My Page
  • User Settings
  • FAQ
  • Sign Up
  • Login
Genre
Story Language
English
©2015 Taskey Inc.
Login

Log in with an SNS account
×
Invite
&
Feedback
Invite Friends
Feedback
Display Language
This changes only the language that taskey is displayed in. It will not change the language of the stories shown to you.
Story Language
This changes only the language of the stories displayed. It will not change the language that taskey is displayed in.
Save
×
Contact
Feedback
※Required
Send
Thank you for using taskey!Please don’t hesitate to give us feedback about taskey.
※Required
For those who require a response, please write your mail address.
Send